四万温泉 積善館 (群馬県吾妻郡中之条町)

 9月3日、榛名神社を見学後、四万温泉 積善館に宿泊。こちらの宿は本館・山荘・佳松亭の3箇所に分かれ、それぞれ趣が違います。

 宿の案内からです。

 積善館の歴史

 積善館は「関(せき)」の姓を名乗る当主によって代々受け継がれています。しかし、祖先は源氏に仕えた「佐藤」姓の武士であったと伝えられています。その何代目かの子孫(佐藤肥後守清忠)が、1182年(寿永元年)に源頼朝より下関(現山口県)にあった所領とともに「関」の姓を賜ったことから、現在の「関」姓を名乗りました。その後、関家は関東に移り、何代かの変遷を経て群馬県吾妻郡中之条町大字大岩に居を構えました。その関家から四万に分家したのが、1613年(慶長18年)に没した初代「関善兵衛(せき・ぜんべえ)」です。
 その後、4代目か5代目の「関善兵衛」が1691年(元禄4年)に現在の場所に湯場と宿を作り(現在の関善館本
館の建物で当初は2階建)、その3年後の1694年(元禄7年)に旅籠宿として開業しました。関家は代々この地域で名主をしている家系であり、土地の人々は「関善兵衛」のことを親しみをこめて「せきぜん」と呼んでいました。明治時代に入り、第15代の関善兵衛が中国の古い儒教の経典「易経」の中にある『積善(せきぜん)の家に余慶(よけい)あり』(善いことを積み重ねた家には、かならず良いことが起こる。)という言葉に関連させて、呼び名の「せきぜん」を『積善』と表わし、その下に旅館を表す『館』を付けて、『積善館』という名前にしました。現在の積善館本館の玄関に掲げられている大きな木の看板の「積善館」の文字は、この第15代関善兵衛の筆によるものです。
 
 日本最古の湯宿建築
 
 元禄4年の誕生以来、現存する日本最古の湯宿建築として今なお旅人を迎え続ける「本館」、昭和11年建築、当初の和風の粋と技巧を凝らした桃山様式の「山荘」。昔から名高い美しい松林の中の昭和61年建築された「佳松亭(かしょうてい)」それぞれの趣の異なる3つの館が歴史の浪漫を語っております。

 翌朝に館内外を探検です、まさに探検という雰囲気です。
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 内部の様子です。
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 宿泊室内(山荘)
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 宿泊客を迎えながら、これだけの建造物を維持・管理するのは大変でしょうね。

 本館前の説明看板からです。

  群馬県指定重要文化財
       積善館本館
         (指定)平成八年三月二十九日
         (所在地)群馬県吾妻郡中之条町大字四万四二三六-一

 この建物は当初、石置の板葺屋根の二階建で、一階を帳場と家庭用、二階を湯治客用としていました。三階は明治に増築したものです。
 一階は農家に近い平面で、土間の台所、床上の帳場、座敷、納戸、中の間、式台、下の間、上段の間で構成されていました。式台は公式の出入口に設ける低い板敷部分を指します。上段の間は床を他の部分より高くし、床の間と平書院を備えています。上段の間へは式台、下の間を通って入りました。式台や上段の間を設けていることは、当家が名主の家柄であったことを示しています。上段の間の上部を除く二階には、六畳の客室(ツボと称した)を表側に六室設けていました。
 建築年代は古文書より寛政十二年(一八〇〇)以前と考えられています。この建物は比較的改造も少なく、当初の規模や建築様式をよくとどめており、江戸時代の湯小屋建築の遺構として、県内唯一の貴重なものです。

            平成九年十二月十二日
                  群馬県教育委員会
                  中之条町教育委員会   

 いつまでも残って欲しい建築です。

 朝、山の様子です。
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ボストン美術館 浮世絵名品展 に

Eyecatch ボストン美術館 浮世絵名品展  江戸東京博物館に行きました。家内が先に見て、すばらしいと宣伝していたので、それでは俺もと言う訳。会場には15日午後の3時ごろに到着、期待して入場。
うーんこれはこれは大勢の人達、浮世絵は作品が大きくないので、そばに寄らないと鑑賞できません。数珠つなぎになって皆さん順番に見ていきます。この列に入って見ていくのも大変なので、列の隙間を見つけながら飛び飛びに作品を見たり、少し離れて見たりと、まあ大雑把に鑑賞してきました。 家内が 奥村政信 駿河町越後屋呉服店大浮絵 の上部にツバメの巣があると話していたので、見ました、ありましたね。
03 ツバメの巣といえば、我が家にもツバメが巣を作ろうとしたんだけれど、車庫で糞の問題と、車の屋根に猫が乗って襲う可能性もあるので家内が巣を作らないように箒を持って阻止したと言っていた事を思い出すな、だから我が家には金が・・・・・。

展示品の状態が大変良いのと、黒の色が印象的でした。カタログを買ってゆっくり自宅で鑑賞すべきだったかな、またメガネを持っていくのを忘れた。

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京都五山 禅の文化展

京都五山 禅の文化展 東京国立博物館・平成館(7月31日~9月9日)Zen1

見に行ってきました。(暇なので) 事前の知識はほとんどありません。足利義満六百年御忌記念と言うことでの開催だそうですが、あまりピンときません。多少勉強になったのは、京都五山の寺の名前と、五山にランクがあるということ。また足利時代での寺の役割が政治的な政策ブレーンや文化的側面を持っている事など、寺の多面性に関して学べましたね。

仏像・書画など重要らしきものが多数出展されています。

掛軸の一つに「三益」に関するものがありました。解説文を読んで孔子の言葉からのようですが、なんとなく気になったので家に帰ってからネットで検索し確認しました。(goo国語辞書)

   益者三友 えきしゃさんゆう
友として交わって利益のある三種類の人。すなわち、直(正直)・諒(りう)(誠実)・多聞(たもん)(博識)である人。
 反対が
   損者三友 そんしゃさんゆう 
友となって損をする三種の人、すなわち便辟(べんぺき)(体裁だけ)・善柔(へつらう)・ 便佞(べんねい)(口先だけ)である人。                                   

今回の収穫は益者三友の言葉と意味が判った事かな。

会場が広いので大変疲れました。それと大失敗はメガネを忘れたこと。

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鳥居清長 千葉市美術館

Toriikiyonaga_1 本日 鳥居清長の展覧会に行ってきました。

浮世絵の展覧会はほとんど行ったことはないんだけれどNHKの日曜美術館で紹介したもんですから、

場所は千葉市美術館です。さてどこにあるのか

千葉駅前の施設案内看板で確認しました。

ありましたが、かなり距離があるみたい、時間があるので徒歩で向かいました。

歩いていくうちに、暑い 暑い

途中、おばさんが地図を見ながら歩いてました、たぶん展覧会にいくのだろうな。

15分ぐらい歩いてやっと着きました。

歩くにはちょっときついですな、

本日は疲れて酔いがまわってきたので、

肝心な展覧会の中身はというと  気が向いたら書こう

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